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大阪高等裁判所 平成4年(け)10号 決定

主文

本件異議の申立を棄却する。

理由

本件異議の申立の趣意は、弁護人両名共同作成の異議申立書記載のとおりであるが、所論は要するに、弁護人らが平成四年七月八日、頭書被告事件についての控訴趣意書を提出したのに対し、原裁判所は、被告人に通知した控訴趣意書差出最終日は平成四年七月三日であったから、右控訴趣意書の提出は期間を徒過しているとして刑事訴訟法三八六条一項一号により控訴棄却の決定をした、しかしながら本件については、刑事訴訟規則二三六条一項後段により、右最終日の通知を弁護人に対してもなすべき場合であったのに、右通知がなされておらず、したがって控訴趣意書差出最終日の告知が適法になされていないから、前記控訴趣意書は期間を徒過しているとはいえない、仮に期間経過後としても本件についてはその遅延がやむを得ない事情に基づくものであったから、直ちに控訴棄却決定をした原裁判所の判断は裁量権の範囲を逸脱して違法である、というのである。

そこで、所論にかんがみ、記録を調査して検討するに、本件控訴棄却決定に至る経緯として、以下の事実が認められる。

すなわち、平成四年五月二七日、本件控訴記録が原裁判所に到達したころ、原裁判所所属書記官は、記録中に控訴審に対する弁護人選任届が無いことを確認したうえ、念のため原審弁護人であった前記弁護人らに対し、控訴審においても受任する意思があるか否かを電話で確認したところ、受任の予定があり、至急弁護人選任届を郵送するとの回答があったため、同月二八日、裁判所が控訴趣意書差出最終日(以下単に最終日という。)を同年七月三日と指定した旨の通知書のみを(弁護人選任照会書は同封せず)被告人の住居宛特別送達郵便で発送した。

ところが被告人に対する通知書が郵便局留置となって送達がいまだ完了しない同年六月三日に弁護人選任届が原裁判所に到達し、その翌日ようやく被告人が前記通知書を郵便局において受領し、最終日の告知を受けた。

その後、最終日を経過しても控訴趣意書の提出が被告人からも弁護人からもなされないため、同年七月七日に書記官が弁護人に控訴趣意書発送の有無を問い合わせたところ、弁護人らは最終日の通知は弁護人らにもなされるものと誤解していたとして、急遽控訴趣意書を作成して翌八日、原裁判所に提出した。

以上認定の経緯によれば、本件においては、原裁判所が最終日を指定した時点においては、いまだ弁護人選任届が提出されていなかったことは明らかであるが、所論は、本件の場合、すなわち被告人に対する最終日の通知が送達された日までに選任届が提出された弁護人には、裁判所として改めて通知をなすべきであると主張するのである。

しかしながら刑事訴訟規則二三六条一項が「控訴裁判所は、訴訟記録の送付を受けたときは、速やかに控訴趣意書を差し出すべき最終日を指定してこれを控訴申立人に通知しなければならない。控訴申立人に弁護人があるときは、その通知は、弁護人にもこれをしなければならない。」と定め、他方同条三項、四項において、最終日までの猶予必要期間やその期間遵守の判断については、弁護人に対する通知の送達日ではなく、控訴申立人に対する通知の送達があった日を基準とする旨規定している趣旨は、検察官が公訴権を独占し、被告人が防御の立場に立たざるを得ない第一審の場合と異なり、控訴審においては、控訴申立人(本件の場合は被告人本人)の控訴追行意思が重要であるとして、最終日の通知についても基本的には控訴申立人に対するものを原則とし、他方控訴審において控訴趣意書がもつ重要性を考慮し、とりわけ控訴審においては被告人の弁論権が制限されるため、控訴趣意書の内容については、弁護人がある場合には弁護人による慎重な検討を要するとの配慮から、補充的に弁護人に対する通知を規定していると解するのが相当である。

そうすると、刑事訴訟規則二三六条一項の文理どおり、裁判所が最終日を指定したときに弁護人が選任されていなければ、控訴申立人たる被告人に対する通知のみをすれば足りる、と解することは、前記条項の趣旨に照らしても、不合理であるとまでは考えられない(最高裁判所昭和二七年五月六日第三小法廷判決・刑集六巻五号七三三頁参照)。

本件についてこれをみるに、なるほど最終日の指定時点において、弁護人選任が相当程度確実に予定されていたとはいえ、正式に弁護人選任届が原裁判所に提出されていたわけではないから、右時点において最終日の通知を送達すべき弁護人が定まっていたとまではいえず、また弁護人選任届が郵送中であったというような特段の事情もないから、弁護人に最終日の通知をしなかった原裁判所の手続が違法であるとは認められない。

なるほど、控訴趣意書のもつ前記重要性を強調すれば弁護人選任の有無の判断を、被告人に対する通知の送達がなされる時点まで遅らせることも考えられないではなく、所論引用の名古屋高等裁判所昭和二七年四月八日決定(高等裁判所刑事判例集五巻四号五七〇頁)は、被告人に最終日の通知がなされた後に弁護人選任がなされた場合は同人から弁護人に対して最終日の連絡がなされることが期待できるが、たまたま被告人に対する通知送達前に弁護人が選任された場合にはそれが期待できないとして、裁判所は被告人のみに通知した場合については、その送達報告書を受け取った後に、改めて通知発送後送達までの期間に選任された弁護人がないかどうかを確認し、その間に弁護人が選任されていたと解される場合には、その弁護人にも改めて通知を発送すべきであると、所論に沿う判示をしている。

たしかに、右のような実務の運用が、被告人と弁護人との意思疎通の不足により実務上まま生じる本件のような過誤を防止する意味で望ましいとはいえ、前記条項の趣旨に照らせば最終日の通知を受けた控訴申立人本人である被告人が、その通知の事実について弁護人と全く連絡をとらないとか、弁護人が問い合わせその他の被告人に対する適切な指示、あるいは記録の閲覧等、最終日を確知する努力をしないということは、控訴申立という重要な訴訟行為を提起した本人ないしその代理人の行動として全く法の予想しないところといわなければならず、右の事態は、弁護人の選任が被告人に対する最終日の通知送達の前であったか、あるいはその後であったかによって重大な変化が生じ得るものとも考えられない。すなわち通知送達の直前に弁護人選任がなされたからといって、最終日の通知について被告人と弁護人との連絡を期待することが不可能であるとか不合理であるとは到底考えられないから、当裁判所としては前記名古屋高等裁判所決定の説示にただちに賛同することはできない。

以上によれば、原裁判所が弁護人に最終日の通知をしなかったことが違法であるとの所論は採用できない。

さらに、前記認定の控訴棄却決定に至る経緯によれば、本件において控訴趣意書提出の遅延がやむを得ない事情に基づくものとは認められないから、本件控訴趣意書を提出期間内に提出されたものとして取り扱わなかった原裁判所の判断が裁量権の範囲を逸脱して違法であるとも考えられない。結局論旨は理由がない。

よって、本件異議の申立を棄却することとし、刑事訴訟法四二八条三項、四二六条一項後段により、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 村上保之助 裁判官 米田俊昭 裁判官 安原浩)

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